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古伊万里って?


古伊万里のかけら 江戸初期のもの

古伊万里は日本最初の磁器で、佐賀の有田で誕生しました。有田のやきものですが、隣の伊万里港から各地へと出荷されたために、伊万里焼と呼ばれるようになったものです。現在では伊万里焼は伊万里で焼かれていますが、「古伊万里」と呼ばれるものは有田で焼かれ、伊万里から積み出されたものをいいます。厳密な定義はありませんが、だいたい江戸時代から明治初期に作られたものを「古伊万里」と呼んでいるようです。

日本で磁器が作られるようになったのは比較的新しく、16世紀末ごろのことです。秀吉が朝鮮出兵した際に多くの大名が陶工を連れ帰り、その中の朝鮮からの陶工の一人、李参平が有田郷泉山にに白磁鉱を見つけ、時期の焼成に成功したのが日本の磁器の始まりと言われています。1618年、佐賀県有田にて窯を開いたのですが、1675年にこの窯を伊万里の大川内山に移転します。その理由として1.大川内山の近くに良質の青磁の原石があったこと2.技術の流出を防ぐため窯元を厳しい管理下に置くのに険しい山々に囲まれた大川内山が適していたからだそうです。

古伊万里の中でも初期伊万里は文様は明の時代から清にかけて中国で焼かれた「古染付」と呼ばれる磁器をお手本としたものが多く、中国の影響を強く受けながら和風に仕立てて描かれており、古染付の堅い線とは異なる豪放で柔らかな線で描かれています。

さて、古伊万里は磁器であるためいずれは割れて壊れてしまいます。古伊万里は割れても価値があり、古美術商で取引されています。きさらぎ工房ではそうした古伊万里のかけらを九州まで足を運んで仕入れています。かけらといえども歴史を感じられる古伊万里を、なるべく形そのままに価値を落とさないようアクセサリーとして加工しています。

当初私は、西洋的なアンティーク調のアクセサリーばかりを作っていました。なぜなら、とても西洋に対して憧れがあったからです。古伊万里のアクセサリーを作るようになったのは、ヨーロッパへ旅行に行ったことがきっかけでした。足を運んだ博物館、王宮等に古伊万里が数々並んであるのを見たからです。西洋文化の中に埋もれ本当ならかなり場違いなイメージがあるはずなのですが、ちっともおかしくありませんでした。と言うより、とても魅かれるものがあったのです。西洋文化の中に東洋文化を取り入れることでその魅力が表れているように感じました。

帰国後、試行錯誤を繰り返しながら現在に至るのですが和と洋の組み合わせはそのとき感じた以上に素晴しいもののような気がします。まだまだ色んな意味で修行中・勉強中の身ですが、これからさらに創意工夫を重ねて頑張って行きたいと思います。

古伊万里の美しさをアクセサリーを通して楽しんでいただけると幸いです。

店主拝

※参考文献『古伊万里との対話』中島由美 淡交社

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